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旅するメンタルコーチのブログです。

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今より幸せになる方法とは?



人を恨むということ


少し難しい話かもしれませんが

大事なことなので書きます。

人を恨んだことはあるでしょうか?

わたしはたくさんあります。

だけど今は誰一人恨んでいません。

しいていえば、過去の恥ずかしい自分の姿を思い出し

恨むというか、ダサかったな~、ヒー!!!と思う程度です笑

恨みについて私の経験で例えるなら

過去に母親を恨んでいる時期がありました。

私が子どもを産む前のことです。

母は若い時に私を産んだので

親子というよりは

姉妹のように生きていました。

若くて綺麗な自慢のお母さんでした。

母は私の部屋のカーテンを選んでくれたし

服もいっぱい買ってくれました。

それを着ると母はとても喜びました。

しかし、ある時ふと

私はそれらが自分好みでないことに気づきます。

そこから苦しみが始まってしまいました。

今なら、私の好みを相手がわかる形で言葉にすれば良かったと解ります。

だけど、その当時はその言葉を口にすることで

母の気持ちを踏みにじってしまうような気がして苦しみました。

だけど、やっぱり自分のしたいようにしたい。

だんだん自分の言葉にできるようになり

伝えてみたものの

母は一向にその好みを変えてくれませんでした。

だんだんと私は気持ちを歪めていき

最後には憎しみに変わっていきました。

自分の意見を押し付ける親

子どもの気持ちを解らない親

子どもに依存する親

いくらでも母に対する悪口は出てきました。

それは、大人になっても変わりませんでした。

しかし、私はメンタルコーチになる上で

その気持ちがどこかで解消しなければならない

ネガティブな感情であることも解っていました。

ある日、コーチングのスクールで初めてその気持ちを吐き出しました。

母への憎しみと、恨みという、ため込んで来た感情でした。

その気持ちを口にしたとき

今でも忘れませんが

胸いっぱい空気が吸え、味覚も変わるくらいの衝撃がありました。

他には特に何かしたわけでもなかったのですが

その日から少しずつ、母親に対する気持ちが変わっていきました。

子どもから少し手が離れてきたある日

私の中に閃きのような、悟りのような、腑に落ちる感覚がありました。

もしかして

母も私のように毎日を自分なりに一生懸命生きていただけではないだろうか?

わざわざ苦しめるために私を育てていたわけじゃなく

母も毎日、自分の生き方を模索していただけなのではないだろうか?

それは私が望んだ形ではなかったとしても

母は母として存在していただけでなのではないだろうか?

そして同時に

私が母に対し理想の母親像を求めていただけではないだろうか?

そして、母も私に理想の娘像を求めていたのではないだろうか?と感じたのです。

お互いに過ごした年月分

お互いに理想の母と娘像を求めていたのではないかと。

私は切ない気持ちいっぱいになりました。

その時初めて母を母親としてではなく個性を持つひとりの人間として理解したのです。

私はそれまで母をうっとおしく、苦し存在として恨みすら感じていました。

しかしそれは、私の望む母親像と母が違っていたことで生まれていた感情なのだと解ったのです。

私はその理解から、母親を許すことができました。

許すというか、自分が理想の母親像を求めず

今ここにいる母そのものを、私の母なのだ、と思うようにしたのです。

今でも母はパーソナルスペースがわからないときがあります。

私に対する態度はほとんど以前のままです。

それでも私は母を許しています。

私が大人になったことで許せる程度の距離感を私が学んだのと

完璧な人間なんかはいないということを学んだからです。

なぜなら、完璧な人とは自分にとっての完璧なのであって

人によって定義は違うはずだから

相手に求めるのもおかしいし、そんなのいないに等しいと解ったからです。

人が人を恨むとき

それは自分が踏みにじられたと思うから恨むのだと思います。

でも、そもそも踏みにじられた、とはどういうことでしょうか?

私は、自分の行為を相手がわかってくれなかった、その時に抱いた感情と捉えています。

そう考えると50パーセントは自分にも責任があると思います。

その時、自分で、自分の本当の気持ちを相手に伝えていれば

そこまで相手を恨まずに済んだかもしれません。

恨みが起こる原因として自分の態度にも責任があるということです。

いつか仕返しをしてやろうという発想を持つことは

時には立ち直りのプロセスで必要な時もありますが

私は日々の生活を楽しめなくなるのでおすすめしません。

なぜなら心の根底でいつも仕返しの準備をしているため

他の出来事をクリアな視点で見つめることなど到底できなくなるからです。

恨みは自分の綺麗な心の鏡を曇らせます。

また、その恨みを相手に晴らす機会があって晴らしたところで

相手が自分の納得するように理解してくれなければ

さらにムカつき、不毛な仕返しとなります。



幸せの正体



心の中に一点の曇りを持たず

毎日自分の生活に素直に向かい合い、生きていくこと。

これが幸せの正体です。

お金、時間、親友、これらはその延長線上にあることです。

「私には恨みがある、後悔がある、だから私は一生幸せになれない~」

そういうことではありませんからね。

まず、自分の恨みや後悔の正体をしっかり暴いてみましょう。

しっかり机の上に並べて、ひとつづつ眺めて分解して

正しく自分で解釈しましょう。

その行為そのものが勇気です。

それをしただけで、あなたの内面が変わり始めます。

そして、あなた自身のことがもっとよく解ってきます。

自分を理解すること、それが自分を大切にすることに繋がっていきます。

あなたが今より幸せになりたいと願うならば

まず、人のせいにするのは止めましょう。

恨みを持った相手はあなたと違う人格を持った人間です。

自分の感覚とは合わないのは当然です。

だからやることが違う、反応が違うからカチンとくるのです。

人のせいにするのは止め、自分で自分の意思を伝えること

それが自分の人生を正しく生きるということです。

少しづつこれを練習していきましょう。

そうすれば必ず今より絶対に幸せになります。

約束します。







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| 人生が楽になる解釈・習慣 | 21:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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