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旅するメンタルコーチのブログです。

2019年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年06月

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今の自分を変えるための本


いつからでもやり直せる! 伝説のコーチの珠玉の言葉!

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感謝とは





私が心から感謝ができるようになったのはつい最近のことです。

よく、成功哲学本やセミナーで感謝、感謝言われるので

理解しようとはしていたのですが、いまいちピンときていませんでした。

35歳で人生のどん底~ってなり

大親友が死んだり

うつになったりして

シングルで双子を育てながら

パートで月9万の収入だったので

その時の明確な目標が「金持ちになる」でした。

頑張ってパートに行くとか

トイレ掃除するとか

アクセサリーを作って売るとか

その日できることを一生懸命にこなす日々。

そうしてればチャンスの神様は必ず来ると信じて。

で、やっぱり神様はいまして

めでたく大学の助手になり

お金がどっかんどっかん入って来るようになり

無かったお金を手に入れたことで

値段を見ずに好きなものを買い

家を買い

外食に行きまくり

旅行も行きまくり

一週間で60万とかの自己啓発のセミナーに出まくりました。

そしてどんなセミナーでも最終的には「感謝」ちゃんちゃん、となるのです。

「すべてのものに感謝できるマインドを持つこと」

それがとても大切だというのです。

言われたとおりに何度も何度も口に出してみるのだけれど

どうにも心と言葉がひとつにならない。

いいところまでいくのだけれど

なんか違和感を感じてしまうのです。

感謝ができる人になりたいのになれないジレンマ。

結局そのまま「感謝」を実感することはありませんでした。

今、その時の心の奥底を覗くとこうです。

「なんで誰かに感謝しなきゃいけないんだろう?努力しているのは私なのに」です。

その努力とは、もう辞めたいと思っているのに

収入や世間体のために辞められない

大学の仕事に対する努力という名の我慢でした。

何かをしている時その根底に我慢がある場合

残念ながら人は感謝の言葉を心から口にすることはできないと思います。

私が思うに「感謝」とは

自分が満たされた時にほろりと解けた心が放つ感情と言葉であり

予測することができない神秘的なエネルギーだと感じています。

そんなに簡単に言葉にできるものではないんだってば!

もし、「感謝」という言葉をポンポン言えるのであれば

それはタダの言葉のクセだと思います。

例えば

病気が快復したときも感謝が溢れますよね。

それは自分が元気で満たされるからです。

私も陣痛で危なくなったことがあるのですが

なんとか緊急オペで無事出産することができ経過もよくなりました。

入院中は看護師さんに感謝しかなく

看護師の資格取得も考えたくらいです。

自分が満たされて初めて感謝の目で世の中が見られるようになるのを

始めて体感した経験でした。

病気の時はある意味、非日常かもしれないので、これはこれとして

私が日常で感謝を体感できるようになったのは

嫌な仕事を辞め、好きなことを仕事にし、自分の好きな時間で働くようになってからです。

収入は少なくなったけれど、毎日余りある喜びがあります。

毎朝同じ時間に起きて、お弁当を作り

子どもが通学するときに見送り

晴れた日にたくさんの洗濯物を干す。

帰宅時には制服を掛けてあげたり

サッカーの準備を手伝い、お見送りをする。

彼らが生まれてから12年間はこんな風にできなかったから

今は心から幸せと感謝を感じます。

コーチの仕事がない時には兄のお店を手伝っているのですが

自分の家族を大切にできている満たされた気持ちがフッと沸き起こります。

満たされ、自分にゆとりが生まれたので

周りがもっと良く見えるようになってきました。

元パートナーに対しても違う感情が出てきました。

あの人もあの人なりに一生懸命生きている。

誰かが手を差し伸べてくれることも

それまでちっとも見えなかったのだけど

敏感に感じ取れるようになりました。

そういうことができる今の自分の人生に心から感謝ができるようになりました。

時々涙がこぼれてしまうこともあるくらいです。

私はこのことから

自分の人生を生きていれているという実感が、感謝に繋がるのだと理解しました。

いくらメディアや本で感謝が大事だとか言われているからと言って

表面的になぞるだけでは、その感謝の出どころは怪しいと思います。

ウソの感謝やありがとうは人には絶対伝わらないので

言わないのと同じです。

社交辞令でいうのも止めた方がいい。

そんなことして誤魔化していないで

自分の人生を今一度見直し

望む人生を歩めているか?

自分に向かってその問いかけをし続け

何かが解りかけたら

そのための行動を

一歩でも歩みだすことが方がもっとも~っと大事です。

些細な行動の積み重ねが自信になり、自分を満たし

本当の感謝とありがとうに繋がるのです。

これは私の自慢話ではありません。

他人を信用できない、信用したらしたで依存する

自分が大っ嫌いだった私が

何年もかけて自分を変容させたプロセスです。

あなたも必ず自分のものにできます。











| 人生が楽になる解釈・習慣 | 20:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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子どものいざこざから学ぶこと

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うちの双子は今年中学生になり

部活には入らずサッカーのクラブチームに入った。

で、約1か月と少したった頃

はい、得意の思春期ジャパニーズスタイル登場。

先輩後輩の悪口言った言ってないゾーンです。

その日、私が家に帰ると、大きな声で子どもがグループラインで話していた。

私が2人の顔を見ると、人さし指をたてて「シーツ」としてくる。

どうやら込み入った話しをしている模様。

チームの集合時間に1時間前に集まる1年生。

その後から遅れて集合する2年生。

遅れてきてゲームをしている。

それはチームでは禁止行為。

「だって先輩来てもゲームしてるじゃん、アイスも食ったりして」

早めに来ている1年の一部が話したようです。

2年生はチームではダメなことをしているわけで

こういう話は1年の内部の会話としてはどこでもありうること。

それを聞いたうちの双子は

「そうだな、スポーツマンとしてありえない」と発言した模様。

うちの双子は睡眠時間も削って勉強。

サッカーにも全力で打ち込んでて、練習も早く行って頑張ってる。

今は楽しいけどストレスも満載で

朝も全然起きてこれないくらい、いっぱいいっぱい。

それもこれもサッカーチームが厳しいから。

成績が悪いと坊主にしないといけない、かといって辞めたくはない。

コーチが大好きだから。

だけど、先輩はゲームしたり、アイス食べたり。

自分はこんなに頑張っているのにという思いもあったようだ。

確かに双子の言葉は鋭い一撃かもね。

でも、なぜかうちの双子だけが悪口を言ったというまとめになってしまったようだ。

先輩が怒っている。。。信頼を失ったと言われた。

この事実が二人をヒートアップさせる。

1時間以上も話していたがこじれまくって

しまいには長男がひとりの子を泣かしてしまったようだ。

もやもやは続いていたが長かったので

私がたまりかねて、とりあえず電話を切れと言った。

双子は大興奮して落ち着かない。

良く聞いてみると

2人は悪口ではなく、意見を言ったつもりだったのだ。

チームでやってはいけないことを先輩がしている。

それについて一部の人は悪口とはっきり取れる言い方をしていたが

自分たちは悪口は言っていないの一点張り。

私は普段から相手に何か言うとき、人格を否定する言い方ではなく、意見として言えと言っている。

2人はそのつもりで「 スポーツマンとしてありえない」といったらしいのだが

それは聞き手によっては悪口になってしまうことがある。

しかも本人がいないところの会話は特に。

ここは細かい調整が必要になる。

私は「社会というものは、どんなに正しいことを言ったとしても

それが悪口に聞こえるという文化がある。

特に日本という文化は。隠すのが美徳という面があるからね」と説明した。

うちの双子は南米人とのハーフ。

しかも私みたいなのに育てられているので意見をはっきり言う。

しかし、はっきり言うことに慣れていない人にとってはそれが悪口に聞こえてしまうことが多々あり

私も双子も何度もこういう状況に遭遇したので

愛をもって、その場で効果的に伝えられる方法を学んきているつもりだ。

よくよく聞いてみると、さっき電話口で泣かした子は6年生は

噂話が気になる2年生に呼び出され

つい、うちの双子だけが言っていると言ったという。

多分双子の言葉が鋭いから印象に残ってしまったのは否めない、、、

しかも、その子は先輩とその場に一緒にいたのに、双子との電話の時には「誰ともいない」といったのだという。

後から聞いた長男はそのウソを指摘し、泣かして謝らせたという。

私は「相手は6年生なんだからね、できないこともあるんだよ」と伝えたが

内心、怒りがこみ上げた。

怖いから、楽だから。。。

そんなことで自分に起こっている状況を捻じ曲げたり、ウソをつく。

そのことで自分じゃない誰かを傷つける。

この年だったら、怖くて状況に飲みこまれることもあろう。

幼さを考えるとムリがあるのかもしれない。

だけど、これをうちの双子がやったなら私はとてもショックだ。

それは親の価値観であり、しつけの領域だと思う。

少しずつ真実が見え、先輩に状況を説明しようと思っても電話に出てくれず。

私は「何か真実を伝えるときはラインではなく、目を見て話せ。あんたたちが間違っていないことは必ず証明できる」とだけ伝えた。

先輩にはとりあえず、このようにごちゃごちゃになってしまったことについてあやまるラインを送り

そのまま、2日間の休みになった。

その間双子は悶々としている。

長男は「やっぱり謝りたくなかった。」

次男は「わかってもらえなかったらクラブ辞める」

土壇場で人の本性は出るものだ。

非常に面白い。

二人とも誤解されているままの苦しい2日間を過ごした。

練習当日も

長男は「やっぱり謝りたくなかった。」

次男は「わかってもらえなかったらクラブ辞める」の一点張り。

この言葉が連呼される中

私からは「行ってごらん、行けばすべてが解る」と伝えた。

伝えながらも、私も苦しい気持ちでいっぱいだった。

私は子どもと自分とは別の魂で別な人格として育ててきたつもりだった。

しかし、このことで私はとても心が痛んだ。

なぜなら、「誰かの信頼を欠く」ということが私にとっても、とても辛いことで

2人の苦しみが手に取るように解ったからだ。

それと同時に、私が思いのほか双子に依存していたことにも気づいた。

一人の人間として育て、いつでも旅立てるように距離を置いて育ててきたつもりが

そんなことは全然できておらず

自分の理性とか解釈では到底計ることができないのが

母親という立場であり、親心なんだと学んだ。

まだまだなんだな、すんだり笑。

練習時間が終わるころ、双子からラインが入った。

何故かビデオ通話になっている。

私「どうした?」

長男「全然、なんでもなかった。泣かした子が俺らのところに握手しに来た」

ウキウキした時はビデオ通話したくなるんだね笑

私「マジ?良かったじゃん!先輩なんだって?」

長男「何にも。いつもな感じ。てかいつもより話しかけられた感じ、仲間になったって感じ」

私「良かったじゃーん!」

さて、少し美味しいものを用意して待つとするか。

ニコニコしながら帰ってきた二人。

私もニコニコ。

幸せも3倍になる。

ありがとう家族。

こんなエピソードは大人にも良くあること。

苦しい壁に立ち向かってみたら

実はそこは思いのほか楽な場所だったりする。

私たち人間は頭がいいから妄想は果てしなくできる。

いくらでも、自分も相手も料理できる。

いい方に料理するのはいいんだけど、ほとんどが材料を混ぜすぎて、まずいレシピになる。

でもさ、美味いレシピはシンプルなんだよ。

本当に勝ち残るのは真実なんだよ。

そしてそれは自分にとっての真実ではなく

人としての倫理的なベースがある真実なんだよ。

例えばクラシックは好きではないかもしれないけど

エリーゼのためにを聞いたら美しいなって、心に響くでしょ。

例えロックの方が好きでも。

ベースとは、その響きに似てる。

倫理的なベースがある真実に

人の心は必ず動く。持っていかれる。

そのベースを持ちつつ、愛を持って自分の意見を貫くこと。

これが超大事だと思うんだよね。

意見を貫く時は、時には多少力業になることもあるんだよ。

でも頑張って、時間をかけて貫いていくことがとても大切なんだよね。

すぐに結果を求めないで、じっくりと伝えていくエネルギーが大事。

どうしたらいいかわかんないから

その場が気持ちいいから

相手に嫌われたくないから

そういうことを重ねていくと

いつまでも倫理的なベースなわからないままだから

上手くいかないことが多くなる。

そうして自分の生き方に疑問を持つ大人が増えていく。

もっと人生でできることがたくさんあるのに

つまらん自分探しの旅に出ることになる。

良く考えれば真実はここにある。

私はダメな大人で、遠回りした大人だったから

そんな人生、双子には絶対に味わわせないつもりだ。

過保護かもしれない。

だけどあたしは誰が何と言ったって大事なことを伝えていく。

だからこれからも

ヘタクソかもしれないけど、二人に愛のビームを送り続ける。

これが親の、大人の使命だと思う。

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自分を変えるブログ更新しました。

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古い友人との付き合い方

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今より幸せになる方法とは?



人を恨むということ


少し難しい話かもしれませんが

大事なことなので書きます。

人を恨んだことはあるでしょうか?

わたしはたくさんあります。

だけど今は誰一人恨んでいません。

しいていえば、過去の恥ずかしい自分の姿を思い出し

恨むというか、ダサかったな~、ヒー!!!と思う程度です笑

恨みについて私の経験で例えるなら

過去に母親を恨んでいる時期がありました。

私が子どもを産む前のことです。

母は若い時に私を産んだので

親子というよりは

姉妹のように生きていました。

若くて綺麗な自慢のお母さんでした。

母は私の部屋のカーテンを選んでくれたし

服もいっぱい買ってくれました。

それを着ると母はとても喜びました。

しかし、ある時ふと

私はそれらが自分好みでないことに気づきます。

そこから苦しみが始まってしまいました。

今なら、私の好みを相手がわかる形で言葉にすれば良かったと解ります。

だけど、その当時はその言葉を口にすることで

母の気持ちを踏みにじってしまうような気がして苦しみました。

だけど、やっぱり自分のしたいようにしたい。

だんだん自分の言葉にできるようになり

伝えてみたものの

母は一向にその好みを変えてくれませんでした。

だんだんと私は気持ちを歪めていき

最後には憎しみに変わっていきました。

自分の意見を押し付ける親

子どもの気持ちを解らない親

子どもに依存する親

いくらでも母に対する悪口は出てきました。

それは、大人になっても変わりませんでした。

しかし、私はメンタルコーチになる上で

その気持ちがどこかで解消しなければならない

ネガティブな感情であることも解っていました。

ある日、コーチングのスクールで初めてその気持ちを吐き出しました。

母への憎しみと、恨みという、ため込んで来た感情でした。

その気持ちを口にしたとき

今でも忘れませんが

胸いっぱい空気が吸え、味覚も変わるくらいの衝撃がありました。

他には特に何かしたわけでもなかったのですが

その日から少しずつ、母親に対する気持ちが変わっていきました。

子どもから少し手が離れてきたある日

私の中に閃きのような、悟りのような、腑に落ちる感覚がありました。

もしかして

母も私のように毎日を自分なりに一生懸命生きていただけではないだろうか?

わざわざ苦しめるために私を育てていたわけじゃなく

母も毎日、自分の生き方を模索していただけなのではないだろうか?

それは私が望んだ形ではなかったとしても

母は母として存在していただけでなのではないだろうか?

そして同時に

私が母に対し理想の母親像を求めていただけではないだろうか?

そして、母も私に理想の娘像を求めていたのではないだろうか?と感じたのです。

お互いに過ごした年月分

お互いに理想の母と娘像を求めていたのではないかと。

私は切ない気持ちいっぱいになりました。

その時初めて母を母親としてではなく個性を持つひとりの人間として理解したのです。

私はそれまで母をうっとおしく、苦し存在として恨みすら感じていました。

しかしそれは、私の望む母親像と母が違っていたことで生まれていた感情なのだと解ったのです。

私はその理解から、母親を許すことができました。

許すというか、自分が理想の母親像を求めず

今ここにいる母そのものを、私の母なのだ、と思うようにしたのです。

今でも母はパーソナルスペースがわからないときがあります。

私に対する態度はほとんど以前のままです。

それでも私は母を許しています。

私が大人になったことで許せる程度の距離感を私が学んだのと

完璧な人間なんかはいないということを学んだからです。

なぜなら、完璧な人とは自分にとっての完璧なのであって

人によって定義は違うはずだから

相手に求めるのもおかしいし、そんなのいないに等しいと解ったからです。

人が人を恨むとき

それは自分が踏みにじられたと思うから恨むのだと思います。

でも、そもそも踏みにじられた、とはどういうことでしょうか?

私は、自分の行為を相手がわかってくれなかった、その時に抱いた感情と捉えています。

そう考えると50パーセントは自分にも責任があると思います。

その時、自分で、自分の本当の気持ちを相手に伝えていれば

そこまで相手を恨まずに済んだかもしれません。

恨みが起こる原因として自分の態度にも責任があるということです。

いつか仕返しをしてやろうという発想を持つことは

時には立ち直りのプロセスで必要な時もありますが

私は日々の生活を楽しめなくなるのでおすすめしません。

なぜなら心の根底でいつも仕返しの準備をしているため

他の出来事をクリアな視点で見つめることなど到底できなくなるからです。

恨みは自分の綺麗な心の鏡を曇らせます。

また、その恨みを相手に晴らす機会があって晴らしたところで

相手が自分の納得するように理解してくれなければ

さらにムカつき、不毛な仕返しとなります。



幸せの正体



心の中に一点の曇りを持たず

毎日自分の生活に素直に向かい合い、生きていくこと。

これが幸せの正体です。

お金、時間、親友、これらはその延長線上にあることです。

「私には恨みがある、後悔がある、だから私は一生幸せになれない~」

そういうことではありませんからね。

まず、自分の恨みや後悔の正体をしっかり暴いてみましょう。

しっかり机の上に並べて、ひとつづつ眺めて分解して

正しく自分で解釈しましょう。

その行為そのものが勇気です。

それをしただけで、あなたの内面が変わり始めます。

そして、あなた自身のことがもっとよく解ってきます。

自分を理解すること、それが自分を大切にすることに繋がっていきます。

あなたが今より幸せになりたいと願うならば

まず、人のせいにするのは止めましょう。

恨みを持った相手はあなたと違う人格を持った人間です。

自分の感覚とは合わないのは当然です。

だからやることが違う、反応が違うからカチンとくるのです。

人のせいにするのは止め、自分で自分の意思を伝えること

それが自分の人生を正しく生きるということです。

少しづつこれを練習していきましょう。

そうすれば必ず今より絶対に幸せになります。

約束します。







| 人生が楽になる解釈・習慣 | 21:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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苦しまないでいられる方法とは?

なぜ苦しむのか?

苦しんでいる人の心の中を覗くと

「ほらね、あの時もうまくいかなかった」みたいな感じで

過去の失敗経験を大事にコレクションしていて

「だから、私はダメなんだ」みたいな気持ちを

常に焚火のように燃やしながら

ことあるごとに

火の中にそのコレクションを投下していきます。

コレクションは何年も熟成させた燃料だから

エネルギーが凝縮しているし、良く燃えること、燃えること。

だから長引くし、飛び火もする。

どうしようもなく悲しい夜とかがきっかけで

苦しむこともあるし

そんな日は仕方ないかもしれない。

だけど、苦しむきっかけのほとんどが

他人からの刺激じゃないかな?

私がこうしたのに相手はこうしてくれないとか

思ったような同意が得られないとか。

私は双子のママですが
 
同じ環境で育てているつもりでも解釈がまるで違うので

毎回驚きます。

例えば、急に出かけることになった時

一人はさっさと準備ができる。

一人は納得しないと動かない。

毎回こんな感じなのです。

うちは二卵性ですが、それでもお腹の中にほとんど同じ期間一緒にいたから

環境としては兄弟より近いと思います。

同じような環境だったら同じ解釈をしそうなものなのに

まるで違います。

このことから、命は二つとして同じものはないし

ひとりひとり違う人生を送っている

学び、納得することができました。

なので、私は自分以外のすべての生き物を

他人と呼んでいます。

いくら、子どもでも、家族でも

気質も性格もまるで違う存在である。

赤の他人であれば、育ってきた環境も、性別も、年代も違うわけで

解釈がまるで違うことは当たり前なんですよね。

て、ことは他人が何かをする時の動機は

他人の基準なわけです。

だけど

同じ環境で働いている職場の同僚であれば

親友であれば

自分の子どもであれば

夫であれば

家族であれば

長い時間自分とともに過ごしてきた存在です。

だから

身近である ということから

私のことを理解してくれている、理解するはず

私のことを共感してもらえるはずという期待が

常に心の根底にあり

相手が思うような反応をしてくれないとき

期待がはずれて苦しむのです。

しかも、身近な関係になればなるほど

相手を変えようとしたり

自分の価値観で攻め込もうとしたりして苦しみます。

しかも自分の望んだ形の反応を求めているので

結局は手に入らず更に苦しんでしまうのです。

苦しまないためには?

苦しみは

あるものとないものを比較することからはじまります。

苦しみが他人からのきっかけで始まった場合

そのことに気づいたら

💢ッとしたタイミングですぐに反応したり、比較せずに

私はどうしてこんな風に反応しちゃうんだろう?

なんで私は今嫌な気持ちになっているのだろうか?

そんなふうに 

一度立ち止まって自分の反応を観察してみてください。

私はあなたの性格どうとか

他人の存在を無視しろとはいっていません。

ただ、他人に自分を解ってもらうことばかりに力を入れたり

自分の存在価値をそこで図らないでくださいといっているのです。

相手の反応が気になるのは

相手の反応を通して自分の存在価値を確かめているからです。

自分を解って欲しい、認めて欲しいと思っているからです。

でもそんなの危うすぎますよね

相手は相手の基準で生きているのだから

そんな風に相手に答えを求めていたら

いつまでたっても

自分というものを確認することができません。

他人の反応なんて流行と同じです。

いつでも簡単に変わります。

結婚するときは結婚を夢見ますし

結婚して不幸せなら離婚を望むのです。

他人だって自分の人生に迷っているんです。

どんなに余裕そうに見えるあの人も

必死にイイ女ぶって頑張っていたりするんです。

相手の反応ばかり気にしてるということは

あなたは相手の価値観で生きてしまうことになり

相手の人生を生きていることと同じです。

もはやあなたの人生ではないのです。

他人の反応という

そんな不安定なものにしがみつかないで

自分の反応を、直観を、自分自身でとらえる練習をしてみてください。

私はこの出来事で本当は何を望んでいるのか。

自分自身で自分の分析をし始めることが

なりたい自分になるための一歩です。

今の苦しみから抜け出したいなら

相手の反応を気にするのではなく

自分の反応を理解することの方が先決なのです。




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